仲善 仲本勝男の出逢いは宝

生涯のおつきあいをあなたとともに。

2009年04月19日

キンブル-3



この平松宣教師の逸話は、

もっとも私の生き方でもあるので順を追って書いてみる。

さてその日は、福岡駅より広島へ電車で向かった。

日も暮れるころ「呉市」である。

くれ死かこんなとき駄洒落を言う暇はなかった。

波止場も近い旅館に泊まることにした.

呉の港は目と鼻の先で歩いていけた。

旅館の勧進帳みたいな帳面でした。

何食わぬ顔して野村真(マコト)似合わぬようだ。

住所はこれも適当に記帳して二階に上がった。

私にとっては、

今日の一日は夢遊病者の終わりであり、始まりでもあった。

古びた民宿という旅館の二階の畳間に案内された。

走り終えたマラソン選手が崩れるように、どかっと腰を下ろした。

外は港の明かりが海に映えていた。

開いた目は映しているだけだった。

ここまで来ると,ハイと終わりと言いたくなる。

私にとっては心身にくだる話である。

皆様にはくだらない話ではないかと躊躇しています。

何しろ22年前の話で現在まで続くのです。

2チャンネル顔まけに、あなたも、登場するかも知れない。

偽名にしますので、心配しないでください。

天地神明にかけて誓います。

窓にもたれながら、やっとわが家族のことが気になった。

妻や母と二人の子供のことだった。

今までも、苦労をかけ、これからも苦労をかけるのか。

これから会社を如何(どう)すればいいのか、

自分は逃亡者の癖によく言うよう。何処からか聞こえてきた。

一人の考えでは堂々巡りであった。

逃げたらアカンとはこの事であった。

今から知っても後の祭り.

死を覚悟していたが、心の弱いものには先延ばしが常だ。

死ぬ前に松山に。

ここに来て愛媛の松山か香川の高松か迷ってしまった。

同じ松が付くので,いっそのこと電話かと思ったが,

逃亡者では「明日のことを思い煩うな、

明日はあす自身が煩うであろう。

一日の苦労は一日でたれり.」(聖書)のみ言葉を思い出した。

逃亡者の身ではと寝ることにした。

私以上の御苦労をしている方がいると思うと、

私なんて負債(2億4000万)屁の河童と笑われるかもしれない。

しかし、私には棘のある鉄のように重くのしかかっていた。

生きているうちに払えるか、無理だ!

考えてみれば見るほど恐ろしくなった。

債権者の皆様の思いはいかばかりか知る由もない.

お詫びして済むものではなかった。

しばらくすると朝になっていた。

あまり寝てはいないみたいだ。夢でうなされていた。

自分の奇声で飛び起きた。

海の中で息ができず悶え苦しんでいる。

その夢はそれからも続けてみることになる。

夜中に何回となくうなされ目を覚ました。

民宿のおかみの呼び声で。

朝食をとり波止場に向かった。

呉の港から愛媛県松山市に連絡船は走った。

何の余裕もないのに遠くは朝靄で見えなかったようだ。

だんだんと沖縄が遠のくのを感じた.

一抹の郷愁は国を捨てたものの悲しさではないか。

はるか昔移民船の当山久三は、

希望に胸を膨らませ花の新天地を目指した。

私と言えば絶望の道に向かっている。

天地の差だ。

その頃沖縄ではただならぬことが起きていた。キンブルはつづく


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この記事へのコメント
今こうやって語れるという事は乗り越えた証拠。。本当に良く頑張りました。。絶対に自分に罪悪感を感じないでくださいなー。
その出来事があったからこそ。。今の自分ですもねー
Posted by ちゃーちゃん at 2009年04月19日 22:33
ひゃ〜〜このつづき氣になって!!ねむれないかもw

どっぷり海中生活のような暗中模索状態というか。。

波止場の果てしない哀愁を感じつつ、つぎの瞬間・・・!!

だ〜!ここでおわらないでくださいね、どうか。。笑

出口へたどりつくには迷うほかないのかしら?と。

22年前のことなのにこの臨場感!ハラハラ。。。。
Posted by まりお at 2009年04月20日 01:34
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